
先日8月6日はタロット企画の3枚目「Ⅱ 女教皇」の制作日でした。
今回、モチーフとして選んだのは、伊勢神宮の外宮に祀られている「豊受大神(とようけのおおかみ)」です。
女教皇は「妊娠している?」
ぼくは、普段はカモワンタロット(=カモワン・ホドロフスキー版マルセイユタロット)を愛用しています。
なので、今回のオリジナルタロットカード制作もカモワン版を基盤としているのですが、ぼくはカモワン版の女教皇を「妊娠している女性」と解釈しています。
もちろん、それは単なる母性の象徴ではありません。
まだこの世界に姿を現していない生命を、自らの内側に宿している。
そういうモチーフとして捉えています。
だからぼくにとって女教皇とは、
「受け取るもの」のアルカナ
なのです。
何かをする。
何かをつくる。
何かを成し遂げる。
そうした能動的な力ではありません。
その前にある、
受け取る。
感じる。
待つ。
育む。
女性性に象徴される「受容力」。
ぼくは、そこに女教皇の本質があるように感じています。
豊受大神の「受」
今回、女教皇のモチーフとして豊受大神を選んだ最大の理由も、ここにあります。
豊受。
その御神名に「受」という文字が入っています。
豊受大神は、一般には食物や豊穣を司る神として知られています。
伊勢神宮では外宮に祀られ、内宮の天照大神へ食事を奉る「御饌都神(みけつかみ)」として大切にされてきました。
食べるということは、生命を受け取ることです。
植物の生命を受け取る。
動物の生命を受け取る。
水を受け取る。
大地から生まれたものを受け取る。
そして、それらを自らの生命へと変えていく。
ぼくは豊受大神を、単なる「食物の神」というより、「生命を受け取り、育み、次の生命へとつないでいく神」として捉えています。
そして、さらに個人的な宇宙観を重ねるなら、豊受大神は「大地や微生物を象徴する神」でもあります。
目には見えなくても、大地の中には無数の生命が存在しています。
それらが分解し、つなぎ、育みながら、生命が生まれる「場」を整えている。
華々しく前へ出るわけではありません。
しかし、その働きがなければ、生命は育たない。
この「見えないところで生命を受け取り、育む」という働きが、ぼくには女教皇と重なって見えるのです。
外宮から内宮へ
伊勢神宮では、外宮の豊受大神をお参りしてから、内宮の天照大神へ向かう参拝が古くから行われています。
ぼくは、この順序にも生命の原理が表れているように感じています。
ここからは、神道の一般的な教義というより、ぼく自身の宇宙観です。
ぼくの中では、
豊受大神=大地・微生物
そして、
天照大神=太陽的な光
として対応しています。
地球に降り注ぐ宇宙のエネルギーを受け取るためには、まず、それを受け取る「場」が必要です。
植物を育てるときも、種だけでは育ちません。
大地があり、水があり、菌がいて……さまざまな生命の関係性が整って、初めて太陽の光を生命へと変えていくことができます。
だからぼくは、外宮から内宮へという順序を、
外宮で「微生物と仲良くなり、生命場を整える」。
そして、
内宮で「宇宙から降り注ぐ光(愛)を受け取る」。
そんなふうに捉えています。
先に、受け皿をつくる。
その後に、光を受け取る。
この順序が大切なのではないかと思うのです。
肚に「受け取る場所」をつくる
以前、あらえびす代表の東出融さんが、
「男性も似非子宮をつくるとよい」
という趣旨のお話をされていた記憶があります。
ぼくはこの考え方がとても好きです。
もちろん、男性が文字通り子宮を持つという話ではありません。
ぼくなりに解釈するなら、
「宇宙から届く生命エネルギーを受け取る空間を、自らの肚に育てること」
なのだと思っています。
現代社会では、とにかく「すること」が求められます。
考える。
決断する。
行動する。
働く。
結果を出す。
何かを生み出す。
ぼく自身も、仕事をしていると、どうしてもこのモードに偏っていきます。
けれど生命には、それとは反対方向の時間も必要です。
感じる。
聴く。
待つ。
休む。
受け取る。
そして、まだ形になっていないものを、急いで答えにせず、しばらく自分の内側で育ててみる。
それは、ある意味で「妊娠」に似ています。
何かを無理やり生み出そうとするのではなく、
生命が自ら形をとり始めるまで待つ。
それが女教皇の時間なのかもしれません。
ⅡからⅢへ
そう考えると、タロットの数字の流れも面白く見えてきます。
Ⅱ 女教皇
そして、
Ⅲ 女帝
ぼくにとって、この二枚の間には明確な生命の流れがあります。
Ⅱでは、まだ生命は内側にある。
見えない。
形になっていない。
けれど、確かに宿っている。
そしてⅢになると、それが外の世界へ向かって展開し始める。
女教皇が受容だとすれば、
女帝は創造です。
だから、
受けとることは、創ることよりも先にある。
ぼくは、この順番を忘れたくないと思っています。
何か新しいことを始めようとすると、ぼくらはすぐに「何をすればいいのか?」と考えてしまいます。
でも、本当はその前に、
「何が自分を通して現れようとしているのか?」
と耳を澄ませる時間が必要なのかもしれません。
宇宙から届くものを受け取る。
大地から届くものを受け取る。
他者から届くものを受け取る。
そして、自分の奥底からやって来るものを受け取る。
それらをすぐに形にしようとせず、一度、肚の中へ入れてみる。
温める。
育てる。
待つ。
やがて、それまで存在していなかった何かが、自ら生まれようとする。
受容から、創造へ。
それが今回、「Ⅱ 女教皇」という一枚のカードをつくりながら、ぼくが受け取った生命からのメッセージです。