Sacred Journey

魂がずっと生きたかった物語を、いま、ここから。

スピリチュアル・ビジネスの終焉

不安を解消するために、スピリチュアルを学ぶ。

自分には特別な使命があると信じる。

自分は高い次元から来た魂なのだと考える。

 

もちろん、それによって救われる時期があってもいいと、ぼくは思っています。

 

人間には、現実から少し離れて、傷ついた心を癒す時間も必要だからです。

 

スピリチュアルの入口は、低く、広くていい。

 

苦しい。

不安だ。

自分の人生に意味が欲しい。

誰かに救ってほしい。

自分が生まれてきた理由を知りたい。

 

そんな思いから、精神世界の扉を開くことがあってもいい。

 

でも、いつまでも入口と同じ場所に留まり続けることはできません。

 

精神世界を深く学べば学ぶほど、本来なら、その人の生き方は少しずつ変わっていくはずです。

 

人に優しくなる。

仕事が丁寧になる。

自分の身体を大切にする。

約束を守る。

困っている人に手を差し伸べる。

自分にできることを、ひとつずつ増やしていく。

そして、世界をほんの少しだけ良くできる人間になっていく。

 

ぼくは、それこそがスピリチュアリティだと思うのです。

 

以前、宮崎駿さんが本の中で、エンターテイメントについて、こんなことを語っていました。

 

エンターテイメントっていうのはなにかって言ったら、間口が広いことですよ。敷居が低くて誰でも入れるんですよ、入ろうと思えば。(中略)

 

あの、ディズニーの作品で一番嫌なのは、僕は入り口と出口が同じだと思うんですよね。なんか『ああ、楽しかったな』って出てくるんですよ。入り口と同じように出口も敷居が低くて、同じように間口が広いんですよ(中略)

 

エンターテイメントっていうのは、観ているうちになんかいつの間にかこう壁が狭くなっててね、立ち止まって『うーん』って考えてね、『そうか、俺はこれでは駄目だ』とかね、そういうふうなのが理想だと思うんです。

 

なんかこう……入り口の間口が広くて、敷居も低いんだけど、入っていったら出口がちょっと高くなってたっていう。壮絶に高くなることは無理ですよ、それは。

 

<引用:宮崎駿『風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡』> 

 

ぼくは、精神世界も同じだと思っています。

 

入口は低く、広くていい。

不安から入ってもいい。

苦しみから入ってもいい。

救われたいという思いから入ってもいい。

 

でも、出口は、入口よりもほんの少し高い場所にあってほしい。

 

入る前と、出た後。

学ぶ前と、学んだ後。

 

その人の「周波数」が、ほんの少し変わっている。

高まり、整っている。

 

そして、その変化が現実の世界にも現れている。

 

ぼくの歌の先生は、オペラ歌手です。

 

先生の声の響きは、本当に半端ではありません。

 

レッスンの前と後では、同じ部屋なのに、明らかに空間そのものの周波数が違うのです。まるで朝日が差し込んできたかのような清々しさを感じます。

 

1時間1万1200円という、それなりに高額な費用をぼくがそこに投じているのは、ただ歌を習いにいっているだけではなく、先生の声の響きを浴び、高まった空間を体験しに行っているからなのです。

 

ぼくにとって、「真のスピリチュアリティ」とは、

 

日常の空間を、静謐で神聖な空間に変えてしまうもの

 

なのです。

 

精神的なものが、物質と共鳴する。

見えないものが、見える世界を変えていく。

 

精神世界とは、現実から離れた場所に存在しているのではありません。

 

精神世界は、現実のものなのです。

 

だからこそ、ぼくはこれから「スピリチュアル・ビジネス」は終焉すると思っています。

 

より正確に言えば、

 

「入口と出口が同じスピリチュアル」が終わっていくのです。

 

不安を抱えて入口に立ち、

 

「あなたは特別な魂です」

「あなたには特別な使命があります」

「あなたは高い次元から来た存在です」

 

と言われる。

 

その言葉に救われることは、あると思います。

 

でも、何年経っても、出口が同じ場所にある。

現実の人生が何も変わらない。

できることも増えていない。

世界との関わり方も変わっていない。

 

それなのに、自分の中でだけ、自己の存在価値はどんどん大きくなっていく。

 

自分は特別な魂だ。

高次元の存在だ。

宇宙から使命を与えられている。

 

そう思うこと自体が悪いわけではありません。

 

問題は、その自己認識がどこまでも大きくなっているのに、現実の自分は何ひとつ変わっていない時です。

 

「自分は誰よりも宇宙のことを分かっているはずなのに、現実では何もできない役立たずのままだ……」

 

本人は、その矛盾に薄々気づいています。

 

ぼくは、これほど人間を苦しめるものはないと思っています。

 

だから、精神世界は、もう一度地上に降りてこなければならない。

 

魂を語るなら、その魂で仕事をする。

愛を語るなら、目の前の人を大切にする。

波動を語るなら、自分がいることで、その場を少しだけ心地よくする。

祈りを語るなら、その祈りを自分の存在を通して世界に届ける。

 

精神世界で得たものを、現実世界で表現する。

 

何十段も上がらなくていい。

たった一段でいい。

 

精神世界に入る前よりも、ほんの少しだけ高い場所から全体を俯瞰できる。

 

昨日までできなかったことが、ひとつできるようになっている。

昨日まで愛せなかった誰かを、ほんの少しだけ大切にできるようになっている。

昨日までより、自分の生命を丁寧に扱えるようになっている。

 

そして、自分が生きているこの世界を、ほんの少しだけ良くできる人間になっている。

 

ぼくは、そういった活動すべてを「ソウルワーク」と呼んでいます。

 

スピリチュアルビジネスが終わった先に始まるもの。

 

それは、

 

魂を、仕事に。

祈りを、行動に。

愛を、現実に。

 

精神世界で体験したものが、物質世界に現れてくる、その過程全体に敬意を払うこと。

 

そこから、本当のスピリチュアリティが始まるのだと、ぼくは思っています