
最近「お金とは何だろう?」と、よく考えています。
世の中には、お金について様々な考え方があります。
とにかく増やしたい人。
自由の為に必要だと考える人。
不安から貯め込む人。
逆に、お金を汚いものだと考える人もいます。
10代の頃から、ぼくの中には「お金に振り回されないように生きたい」という願いがあったように思います。
そこで、今40代を目前にして、ぼくがお金について考えていることを一度まとめてみようと思います。
まず一番大切なことは「どんな思想でお金を扱うのか」ということ。
ぼく自身は、お金とは「生命エネルギーの流れを可視化したもの」という感覚があります。
なぜなら、お金の使い方には「その人が人生において何を大切にしているのか?」が、とても正直に表れるからです。
何に時間を使うのか。
誰との関係性を育てたいのか。
どんな未来を信じているのか。
どんな不安を抱えているのか。
それらが、お金の流れの中に現れてくる。
金融の世界で「ポートフォリオ」という言葉があります。
例えば、
・現金をどれくらい持つのか
・株をどれくらい持つのか
・金(ゴールド)を持つのか
・日本円だけなのか、外貨も持つのか
・暗号通貨は持つのか
そういった「資産構築と運用の為の全体設計」を、ポートフォリオと呼びます。
けれど、ぼくは最近、ポートフォリオとは単なる金融設計ではなく、
「その人の人生観を映す曼荼羅」なのではないか……?と感じています。
円をどれくらい持つのか。ドルをどれくらい持つのか。株、金、暗号資産をどれくらい持つのか。
それは単なる金融知識の問題ではなく、その人が「世界をどう見ているか」の表現なのです。
ぼく自身は、刺激の強い投資があまり好きではありません。
アドレナリンやドーパミンが出るような短期売買よりも、毎夜、静かに眠れる運用のほうが好きです。
なぜなら、ぼくが本当に生命エネルギーを注ぎたいものは、他にあるからです。
料理。
音響。
執筆。
対話。
そして一番は、人間がその魂を輝かせて生きること……その体系化と実践。
ぼくは普段は料理人として働いていますが、ぼくが惹かれるのは食分野だけではなく「人間の生命をハツラツと輝かせてくれるすべての事象」についてです。
音響もそう、空間を整えることもそう、言葉もそう、素晴らしい関係性を作ることもそうです。
今、ぼくはシンギングリンという音響楽器を持っています。その響きに触れていると、人間の肉体は単なる物質ではなく、「振動する生命体」なのだと強く実感します。
だから、お金も広い意味では「振動する生命体」の一部だと思うのです。
もちろん物質としては、ただの紙――いや、現代では最早データ上の数字に過ぎない。しかも現在の金融システムでは、誰かが借金をしなければ、お金の総量そのものが増えない、そういう構造的欠陥もある。
その事実を前提としつつも、ぼくはひとりの日本人として、お金を「神仏習合の世界観の中で再定義したい」のです。
神道の世界観では、あらゆるものに神が宿る。
仏教の世界観では、すべては空から生まれた色であり、やがてまた空へ還っていく。
そう考えると、お金もまた、循環する生命エネルギーの一部であり、人間の欲望や願いや祈りと共鳴しながら、創造と維持、そして時に破壊を繰り返す、ひとつの生命体として捉えなおすことができます。
だから、ぼくは金融市場を永続的なものだと絶対視していません。
生命に栄枯盛衰があるように、市場も文明も移り変わっていくもの。
でもその中で、人間は、食べ、眠り、愛し、喜び、傷つき、歌い、愛する誰かとの深い繋がりを求める。
だから、ぼくは、「生命」を中心に据えた資本主義がこれからの主流になっていくのではないか?と密かに期待しています。
すなわち「生命資本主義」社会の到来です。
それは、お金を増やすために生命を使う思想ではありません。生命を輝かせるために、お金を再配置する思想です。
現代の資本主義はお金のために多くの人が生命を捧げてしまっています。生命が数字の奴隷になってしまっているのです。だから、自殺する人や鬱になる人が後を絶たない。
現代の資本主義社会は、「生命軽視社会」とほぼ同義になっていますから、その影響力を無自覚に受け入れていれば、自己崩壊に向かうのは、ある意味であたりまえの話なのです。
ぼくは長年、スピリチュアル・精神世界について学び実践してきた人間のひとりとして、断言できることがひとつあります。
それは、「生命は、生命よりも偉大なものに捧げられたときに最も輝く」という法則です。
ですから、お金も自分・他人・それらを含むすべての生命を輝かせるために捧げると、最も美しく立ち上がるのです。それが生命資本主義。ぼくは一番自然な思想だと思っています。
だから、ぼくはスピリチュアル・精神世界に習熟した人間には珍しく、資産形成も行っていますし、将来的には億万長者も視野に入れています。
(「長者」というのが良いんですよね。ただのお金持ちと違い、長者は「お金の扱いに長けた人」のことですから)
もちろんその理由は豪遊したいからでも、早期リタイアしたいからでもありません。
学び続ける自由。
創造し続ける自由。
大切な人との時間を守る自由。
それらを維持する為の土台として、資産を育てているのです。
だから、ぼくの投資はとても地味です。
まずは、生活を守るためにしっかり汗して働く。
次に貯金をしてストックを増やす。
そして、そこから溢れたものを静かに運用する。
働いて流れを作り、ダムに水を蓄え、溢れた水を未来へ流していく。
ぼくは、黄金をかき集めたいわけではありません。
「黄金の関係性」を育みたい人間です。
人は誰しも自己固有の運命を生きる旅人……ぼくはそう思っています。
その旅の最大の醍醐味は、「何を成し遂げるか」だけではありません。
どれだけ素敵な人たちと歩けるか。
どれほど密な時間を共有できるか。
ぼくは、有限なる人生を、素晴らしい人たちとの、素晴らしい時間に捧げたいのです。
それが一度きりの人生を、目いっぱい燃焼させる秘訣だと、ぼくは思っています。
生命資本主義宣言。
30代ラストイヤーを記念して、世界に向かって宣言しておきます(笑)。